お知らせ

2019 / 07 / 07  17:22

鍜治屋 … 其の参。

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「物頭様、御見回り役組の御頭様が御見えでございます。」

「うむ、通してくれ。」

通された御頭が、開け放たれた障子の間に片膝付いた

「御呼びでございますか、物頭(ものがしら)様。」

「其の物頭様はこそばいのう … まあ良い、入ってくれ。」

応じつつ、正面へ腰を下ろした御頭へ

「如何でござる、慣れましたかな。」

「はっ … いえっ … 御頭様と呼ばれましても、振り向け

ぬ己れが居りまする。」

「はっはっはっ、其方もか。」

「覚悟はして居りましたものの、城勤めとは存外窮屈なもので

ござりまするな。」

「真に … 其処でじゃ、以前の様に亀之助と呼んで下さらぬか。」

「はっ、では某(それがし)の事も十四郎と。」

「相承知、はっはっはっ。」

「 … で、御用とは。」

「うむ、編成表には目を通して頂けましたかな。」

「はっ成れど、あの家族の名が何処にも見当たりませぬが。」

「三番組の組頭の名を覚えておいでか。」

「はっ、霧隠歳三(きりがくれとしぞう) 殿と。」

「小頭の名は。」

「小頭 … 菜霧(なきり) … … あっ。同じ組に河霧太郎(かわ

きりたろう)成る名がございましたな。」

「真は、未だ帰化の手続きが済んでは居らぬでの、載せては如何の

だが … 今必死で名書きの稽古をして居る故、明日には正式な物

を御渡し致しまする。」

「はっ。 … … … 処で、亀之助殿。

 そろそろ御隣の方々を、御紹介しては頂けませぬか。」

「はっはっはっ、流石だのう十四郎殿。

 皆よ、此れで満足か。」

         「はっ。」

 複数の声が揃って応じ、襖が開いた

「御頭様、試した訳ではござりませぬが御無礼御許し下され。

 拙者、御城内御見回り役組一番組頭、波刃(なみば)切右衛門で

ござる。」

 相当背も高いのであろう、あぐらを掻いたまま手を付く姿

は高足蟹の様である

「同じく一番組の小頭、波刃切人(きりと)でございます。

言い出しっぺは此の切人でございます。責め成らば此の切人

のみを … 。」

 優しげな声音の、小さい高足蟹が深く頭(こうべ)を垂れ

「二番組頭、平(ひら)撫出左衛門でござる。

 悪気はござりませぬ、其れは信じて下されませ。」

 平たい顔の撫出左衛門が平に伏し

「同じく二番組の小頭、小刻簑振三(こきざみのしんぞう)でござる。

 皆を煽りましたは某(それがし)でござる。責めは某が。」

 「くっくっくっ … 十四郎殿、如何為される。」

「如何為されると問われましても、別に責めは致しませぬ。成れど

折角でござる、皆様の得意な技を教えて下され。

 小刻簑殿、得意な技は何でござる。」

「御頭様、振三と御呼び下され。

 得意な技は、刻んで刻んで刻み切る事でござる。」

「 … 左様 … か … 平殿は。」

「撫出、と御呼び下され。

 某(それがし)は、撫で殺しでござる。」

「撫で殺し … 。」

「十四郎殿、御覧の通り撫出は刃(やいば)を持っては居らぬ。

 故に撫でて撫でて撫で尽くし、撫で上げて逝かせるのじゃ。」

「 … 故に撫で殺し … 。」

「うむ。成れど、逝く者皆既に死に化粧を施した様に美しいまま

逝くでの。正に昇華昇天の如き技、誰も真似る事など出来ぬ儚(は

かな)くも、恐ろしき技でござる。」

「 … さっ、左様で … 。」

「御頭様っ。」

「様は止めてくれぬか。切人殿。」

「ふふっあたいの事はイモセン、あっちはアニセンと御呼び下

され。」

「あっあたいっ、イモセンにアニセンっ。」

「ふふっあたい、此れでも女だよ。お・か・し・ら。」

「おっ、女御(おなご)とな。」

「ふふっ、切人と聞いて男と思い込むのは修行が足りませぬな。」

「確かに、イモセンの言う通りですな。

 物事に、先に感を入れて観ては行けませぬぞ。お・か・し・ら。

 はっはっはっ、はあっはっはっはっ。」

「かっ、亀之助殿。」

「過ぎましたな、赦されよ。」

「いっいえ、其うでは無うて … 其のう … イモセン、アニ

センとは一体 … 。」

「おおっ、其の事でござるか。

 十四郎殿、其方に此れが切れますかな。」

 亀之助は、果皿に並ぶ煎餅をそっと指差す

「こっ此れを切れと。」

 亀の頭がこくりと頷く

「某(それがし)の腕では切るより割る、でござりましょうか。」

「其うよな、儂の場合は粉々に成ってしまうのだが、此の兄妹

の手に掛かれば、ほれ。」

亀之助が果皿から抜き取った煎餅を、切人へ向けてふわりと放

(ほう)った其の刹那

         〝キッ キリリッ〞

 二つに切られた煎餅がポトリと落ちた

「 … みっ、見事でござる。切人殿。」

「お・か・し・ら。」

「あっ … いっ、いも … ああっ、妹に煎餅でイモセン で

ござるな。」

「もうっ、気付くのが遅すぎでございます。」

「申し訳ござらぬ。何せ、其の様な事に関してはトーシロなもの

で … 。」

     …  …  …  

「おおっ、十四郎殿が洒落ましたぞ。

 はっはっはっ、はあっはっはっはっ。」

「かっ、亀之助殿。」

「おっ、此れは失敬。

 さて、顔合わせも無事に済んだ事故(ことゆえ)、本日は此れ迄じゃ

な。皆、追って沙汰有るまでゆるりと休め。」

 十四郎が問い顔を向けるも一同ざっとひれ伏し、順に部屋を出て

行った

 腕を組み、何処か思案気な十四郎が廊下の角を曲がった所で

「お付き合い下され、御頭。」

 振り向く事無く放つアニセンの声を合図に、後ろからイモセンが

絡み付き

「ふふっ逃がしませぬよ、お・か・し・ら。」

 イモセンの口が開くたび十四郎の耳元に熱い吐息が吹き掛かり、抗

うも甘い香りの追い打ちにくらりと目眩(めまい)がしたかと思う間も

無く、十四郎の身体はふわりと宙に浮き城の奥へと消えて行ったので

あった。

 

         … つづくっ      て。…