お知らせ
鍜治屋 … 其の参。
「物頭様、御見回り役組の御頭様が御見えでございます。」
「うむ、通してくれ。」
通された御頭が、開け放たれた障子の間に片膝付いた
「御呼びでございますか、物頭(ものがしら)様。」
「其の物頭様はこそばいのう … まあ良い、入ってくれ。」
応じつつ、正面へ腰を下ろした御頭へ
「如何でござる、慣れましたかな。」
「はっ … いえっ … 御頭様と呼ばれましても、振り向け
ぬ己れが居りまする。」
「はっはっはっ、其方もか。」
「覚悟はして居りましたものの、城勤めとは存外窮屈なもので
ござりまするな。」
「真に … 其処でじゃ、以前の様に亀之助と呼んで下さらぬか。」
「はっ、では某(それがし)の事も十四郎と。」
「相承知、はっはっはっ。」
「 … で、御用とは。」
「うむ、編成表には目を通して頂けましたかな。」
「はっ成れど、あの家族の名が何処にも見当たりませぬが。」
「三番組の組頭の名を覚えておいでか。」
「はっ、霧隠歳三(きりがくれとしぞう) 殿と。」
「小頭の名は。」
「小頭 … 菜霧(なきり) … … あっ。同じ組に河霧太郎(かわ
きりたろう)成る名がございましたな。」
「真は、未だ帰化の手続きが済んでは居らぬでの、載せては如何の
だが … 今必死で名書きの稽古をして居る故、明日には正式な物
を御渡し致しまする。」
「はっ。 … … … 処で、亀之助殿。
そろそろ御隣の方々を、御紹介しては頂けませぬか。」
「はっはっはっ、流石だのう十四郎殿。
皆よ、此れで満足か。」
「はっ。」
複数の声が揃って応じ、襖が開いた
「御頭様、試した訳ではござりませぬが御無礼御許し下され。
拙者、御城内御見回り役組一番組頭、波刃(なみば)切右衛門で
ござる。」
相当背も高いのであろう、あぐらを掻いたまま手を付く姿
は高足蟹の様である
「同じく一番組の小頭、波刃切人(きりと)でございます。
言い出しっぺは此の切人でございます。責め成らば此の切人
のみを … 。」
優しげな声音の、小さい高足蟹が深く頭(こうべ)を垂れ
「二番組頭、平(ひら)撫出左衛門でござる。
悪気はござりませぬ、其れは信じて下されませ。」
平たい顔の撫出左衛門が平に伏し
「同じく二番組の小頭、小刻簑振三(こきざみのしんぞう)でござる。
皆を煽りましたは某(それがし)でござる。責めは某が。」
「くっくっくっ … 十四郎殿、如何為される。」
「如何為されると問われましても、別に責めは致しませぬ。成れど
折角でござる、皆様の得意な技を教えて下され。
小刻簑殿、得意な技は何でござる。」
「御頭様、振三と御呼び下され。
得意な技は、刻んで刻んで刻み切る事でござる。」
「 … 左様 … か … 平殿は。」
「撫出、と御呼び下され。
某(それがし)は、撫で殺しでござる。」
「撫で殺し … 。」
「十四郎殿、御覧の通り撫出は刃(やいば)を持っては居らぬ。
故に撫でて撫でて撫で尽くし、撫で上げて逝かせるのじゃ。」
「 … 故に撫で殺し … 。」
「うむ。成れど、逝く者皆既に死に化粧を施した様に美しいまま
逝くでの。正に昇華昇天の如き技、誰も真似る事など出来ぬ儚(は
かな)くも、恐ろしき技でござる。」
「 … さっ、左様で … 。」
「御頭様っ。」
「様は止めてくれぬか。切人殿。」
「ふふっあたいの事はイモセン、あっちはアニセンと御呼び下
され。」
「あっあたいっ、イモセンにアニセンっ。」
「ふふっあたい、此れでも女だよ。お・か・し・ら。」
「おっ、女御(おなご)とな。」
「ふふっ、切人と聞いて男と思い込むのは修行が足りませぬな。」
「確かに、イモセンの言う通りですな。
物事に、先に感を入れて観ては行けませぬぞ。お・か・し・ら。
はっはっはっ、はあっはっはっはっ。」
「かっ、亀之助殿。」
「過ぎましたな、赦されよ。」
「いっいえ、其うでは無うて … 其のう … イモセン、アニ
センとは一体 … 。」
「おおっ、其の事でござるか。
十四郎殿、其方に此れが切れますかな。」
亀之助は、果皿に並ぶ煎餅をそっと指差す
「こっ此れを切れと。」
亀の頭がこくりと頷く
「某(それがし)の腕では切るより割る、でござりましょうか。」
「其うよな、儂の場合は粉々に成ってしまうのだが、此の兄妹
の手に掛かれば、ほれ。」
亀之助が果皿から抜き取った煎餅を、切人へ向けてふわりと放
(ほう)った其の刹那
〝キッ キリリッ〞
二つに切られた煎餅がポトリと落ちた
「 … みっ、見事でござる。切人殿。」
「お・か・し・ら。」
「あっ … いっ、いも … ああっ、妹に煎餅でイモセン で
ござるな。」
「もうっ、気付くのが遅すぎでございます。」
「申し訳ござらぬ。何せ、其の様な事に関してはトーシロなもの
で … 。」
… … …
「おおっ、十四郎殿が洒落ましたぞ。
はっはっはっ、はあっはっはっはっ。」
「かっ、亀之助殿。」
「おっ、此れは失敬。
さて、顔合わせも無事に済んだ事故(ことゆえ)、本日は此れ迄じゃ
な。皆、追って沙汰有るまでゆるりと休め。」
十四郎が問い顔を向けるも一同ざっとひれ伏し、順に部屋を出て
行った
腕を組み、何処か思案気な十四郎が廊下の角を曲がった所で
「お付き合い下され、御頭。」
振り向く事無く放つアニセンの声を合図に、後ろからイモセンが
絡み付き
「ふふっ逃がしませぬよ、お・か・し・ら。」
イモセンの口が開くたび十四郎の耳元に熱い吐息が吹き掛かり、抗
うも甘い香りの追い打ちにくらりと目眩(めまい)がしたかと思う間も
無く、十四郎の身体はふわりと宙に浮き城の奥へと消えて行ったので
あった。
… つづくっ て。…