お知らせ

2019 / 07 / 23  01:52

鍜治屋 … 其の四

IMG_20190722_181048.jpg

「ほおうっ、其方(そなた)らも鍜治屋の出とな」

「はっ、我らのみならず組の者皆全てでござる。

 故に、口性無(くちさがな)い者らは我らが御城内御見廻り

役組(ごじょうないおみまわりやくぐみ)と成りました今でも

未だに鍛治組と申す者も居る程でござる」

 言いつつ、切右衛門は十四郎が飲み干した杯に御酒(ごしゅ)

を注ぎ

「誰に何を言われ様と、我らは我らの御役目を果たすのみ。其れ

で良いではござりませぬか」

「はっ」

 十四郎も切右衛門へ注ぎ返す

「しかし、背も高ければ其の背中も広うござる」

「ははっ、其れだけが取り柄の某(それがし)でござる」

「ふふっ、あたいは此方(こっち)の背中が好き。

 ねえっ、お・か・し・ら」

 言い乍ら、切人は十四郎の背に凭(もた)れ掛かる

「いい加減、御頭に絡み付くのは止めよ切人。

 御頭も嫌がって居るではないか」

「あら御頭、あたいの絡み付きは嫌でござりまするか」

「いっいや、嫌では無い。嫌では無いが … 

 耳元に息を吹き掛ける事と、俺の背中に胸を押し付け

て来るのは止めて貰いたい」

「もおうっ、初(うぶ)いのね御頭は。

 でも、其ういう御頭が す・き」

「御酒が足りぬ切人、早う御酒を貰うて参れ」

「ああいっ」

渋々部屋を出て行く切人であったが

「兄者(あにじゃ)と二人きりではつまらないだろうけど

直ぐ戻るから待っててね お・か・し・ら」

「ええいっ、まだ居ったのか」

 兄の怒声を背に、小舌をちろりと出して奥へと消えた

「申し訳ござりませぬ。

 普段はまともな女御(おなご)なのですが、御頭の様な

良い男には目の無い女御でして … 」

「おっ俺が良い男かどうかは判らぬが、わっ若い女御に

はよくある事ではないのか」

「ははっ、あの切人が若いっ。はっはっはっはっ、とん

でもござりませぬ

 あの女御の真の歳は … … 

 _ 御耳を拝借と、十四郎の耳元へ口を寄せ _

              … … でござる」

「なっ何とっ。 … …

 みっ見えぬっ … … 見えぬ見えぬ。 … 」

「相応に振る舞うて欲しいのですが、見えてしまうのは

致仕方も無かろうと開き直るばかり … 

 いやはや何とも、頭の痛い事でござる」

「其の様な歳成らば、尚更俺には其方らをアニセン イモ

センなどとは呼べぬ。普(ふ)に、呼ばせてくれぬか」

「ははっ、あれはあの愚昧(ぐまい)の思い付きでござる。

 場を和(なご)ませ様とでも想うたのでござりましょうが 

散楽(さんがく)紛(まが)いのもの迄御見せ致し、重ね重ね

申し訳ござりませぬ」

「何と、では亀之助殿は即興で」

「はい」

「 … … 切右衛門殿」

「御頭、殿は止めて下され」

「左様か、成らば切右衛門。

 亀之助殿とは長いのか」

「はっ」

「 … … もしや、前任の御頭とは …」

「はい、お察しの通り。出刃 亀之助様でございます」

「やはり、其うであったか … 

 成れど切右衛門、成らば何故(なにゆえ)俺には素浪人

などと」

「其れは真でござる」

「すまぬ、解る様に話してくれ」

「はっ、実は … 築城話しは随分と前からあったので

すが … 御館様のみならず亀之助様の直属の上士、牛

刀乃助様が頑として首を縦に振らずに居られたのでござ

る」

「何故(なにゆえ)か」

「はっ刀乃助様が申しますには、忍び入る者らを奴らと

仮想したならば、今の我らでは太刀打ち出来ぬ と 」

「奴ら … 」

「はっ」

「切右衛門、其の奴らとは」

 はっと応える可く、切右衛門の膝がずいっと前に出た

其の時

「お待たあっ」

 両手で酒瓶(さけがめ)を抱えた切人が部屋に入り様ど

しりと尻を下ろし、其の後ろから一人の女御(にょご)が

肴(こう)を載せた盆を持って現れ、盆を濡れ縁から部屋

に差し出し三つ指付いた

「御酒のみでは御身体に障りまする。

 お口に合うかどうか判りませぬが、肴を持って参りま

したので御召し上がり下さりませ」

「其方(そなた)の肴が口に合わぬ筈が無い。

 御頭、此の女御殿は賄い方の白木真菜殿でござ … …

   _ 十四郎の手から、杯がぽろりと落ちた _

            … 御頭、 御頭っ … 」

 

       … つづく     よっ …