お知らせ
鍜治屋 … 其の四
「ほおうっ、其方(そなた)らも鍜治屋の出とな」
「はっ、我らのみならず組の者皆全てでござる。
故に、口性無(くちさがな)い者らは我らが御城内御見廻り
役組(ごじょうないおみまわりやくぐみ)と成りました今でも
未だに鍛治組と申す者も居る程でござる」
言いつつ、切右衛門は十四郎が飲み干した杯に御酒(ごしゅ)
を注ぎ
「誰に何を言われ様と、我らは我らの御役目を果たすのみ。其れ
で良いではござりませぬか」
「はっ」
十四郎も切右衛門へ注ぎ返す
「しかし、背も高ければ其の背中も広うござる」
「ははっ、其れだけが取り柄の某(それがし)でござる」
「ふふっ、あたいは此方(こっち)の背中が好き。
ねえっ、お・か・し・ら」
言い乍ら、切人は十四郎の背に凭(もた)れ掛かる
「いい加減、御頭に絡み付くのは止めよ切人。
御頭も嫌がって居るではないか」
「あら御頭、あたいの絡み付きは嫌でござりまするか」
「いっいや、嫌では無い。嫌では無いが …
耳元に息を吹き掛ける事と、俺の背中に胸を押し付け
て来るのは止めて貰いたい」
「もおうっ、初(うぶ)いのね御頭は。
でも、其ういう御頭が す・き」
「御酒が足りぬ切人、早う御酒を貰うて参れ」
「ああいっ」
渋々部屋を出て行く切人であったが
「兄者(あにじゃ)と二人きりではつまらないだろうけど
直ぐ戻るから待っててね お・か・し・ら」
「ええいっ、まだ居ったのか」
兄の怒声を背に、小舌をちろりと出して奥へと消えた
「申し訳ござりませぬ。
普段はまともな女御(おなご)なのですが、御頭の様な
良い男には目の無い女御でして … 」
「おっ俺が良い男かどうかは判らぬが、わっ若い女御に
はよくある事ではないのか」
「ははっ、あの切人が若いっ。はっはっはっはっ、とん
でもござりませぬ
あの女御の真の歳は … …
_ 御耳を拝借と、十四郎の耳元へ口を寄せ _
… … でござる」
「なっ何とっ。 … …
みっ見えぬっ … … 見えぬ見えぬ。 … 」
「相応に振る舞うて欲しいのですが、見えてしまうのは
致仕方も無かろうと開き直るばかり …
いやはや何とも、頭の痛い事でござる」
「其の様な歳成らば、尚更俺には其方らをアニセン イモ
センなどとは呼べぬ。普(ふ)に、呼ばせてくれぬか」
「ははっ、あれはあの愚昧(ぐまい)の思い付きでござる。
場を和(なご)ませ様とでも想うたのでござりましょうが
散楽(さんがく)紛(まが)いのもの迄御見せ致し、重ね重ね
申し訳ござりませぬ」
「何と、では亀之助殿は即興で」
「はい」
「 … … 切右衛門殿」
「御頭、殿は止めて下され」
「左様か、成らば切右衛門。
亀之助殿とは長いのか」
「はっ」
「 … … もしや、前任の御頭とは …」
「はい、お察しの通り。出刃 亀之助様でございます」
「やはり、其うであったか …
成れど切右衛門、成らば何故(なにゆえ)俺には素浪人
などと」
「其れは真でござる」
「すまぬ、解る様に話してくれ」
「はっ、実は … 築城話しは随分と前からあったので
すが … 御館様のみならず亀之助様の直属の上士、牛
刀乃助様が頑として首を縦に振らずに居られたのでござ
る」
「何故(なにゆえ)か」
「はっ刀乃助様が申しますには、忍び入る者らを奴らと
仮想したならば、今の我らでは太刀打ち出来ぬ と 」
「奴ら … 」
「はっ」
「切右衛門、其の奴らとは」
はっと応える可く、切右衛門の膝がずいっと前に出た
其の時
「お待たあっ」
両手で酒瓶(さけがめ)を抱えた切人が部屋に入り様ど
しりと尻を下ろし、其の後ろから一人の女御(にょご)が
肴(こう)を載せた盆を持って現れ、盆を濡れ縁から部屋
に差し出し三つ指付いた
「御酒のみでは御身体に障りまする。
お口に合うかどうか判りませぬが、肴を持って参りま
したので御召し上がり下さりませ」
「其方(そなた)の肴が口に合わぬ筈が無い。
御頭、此の女御殿は賄い方の白木真菜殿でござ … …
_ 十四郎の手から、杯がぽろりと落ちた _
… 御頭、 御頭っ … 」
… つづく よっ …