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2022 / 06 / 09  07:58

独り言 … 其の参

独り言 … 其の参

 阿倍比羅夫 海女将軍説

あべのひらふ : 7世紀中期 飛鳥時代の公家であり将軍である

斎明天皇4年(658年) 

       比羅夫は 此の年から3年掛けて日本海沿岸側を北上し齶田(あぎ

       た:現秋田)渟代(ぬしろ:現能代)の蝦夷を服属させ渡島(おしま:現北

       海道)に渡り 粛慎(みしはせ:しゅくしん)と戦い粛慎の本拠地迄乗

       り込み能登の蝦夷 能登馬身龍(のとのまみたつ)を失うものの此

       れを破った

天智天皇元年(662年)

       百済救援の為朝鮮半島に渡り対新羅 唐連合軍の後詰めの将軍と

       して兵站の任務を担うものの戦は敗れた(白村江の戦い)

天智天皇3年(664年)

       新羅 唐の来襲に備える為 経験豊かな比羅夫は大錦上に叙せら

       れ続いて九州地方の防衛責任者として 筑紫大軍師に任ぜられる

       のである

 生没年は判らぬが見事な経歴である (蝦夷や粛慎には堪ったものでは無かろう

が) 今回の独り言は此の見事な経歴を持つ阿倍比羅夫が 実は女性では無かろう 

かと 以前から疑問を持って居たからなのでございます

何故(なにゆえ)か 此の比羅夫と言う名を直訳しますれば 鳥猟を投網で競う男

と成るものの“ひらふ”には“比良夫”の文字も在り 古(いにしえ)には此の比良夫

比良夫貝の事を指し 比良夫貝とは今で言う平貝の事なのである

 平貝(たいらがい又はたいらぎ)とは 二枚貝の一種で房総半島以南の内湾の砂泥

底に生息する大型の二枚貝であり 殻の表面が平故 此の名が付いたとの見方が

強うございますが 其れは違うのである

此の平貝なる貝 砂泥底にては尖った方を(殻頂)を下にし足の付近から緑褐色で

長さ10-20cm程の絹糸の様な沢山な足糸で以て 砂や砂利を付着させ其の身殻を

固定するのでございます 

其の姿は正しく断崖絶壁 故に烏帽子貝 柱貝 立ち貝 立て貝と申す別名も在

るのですが 平が何故崖なのか 

以前にも書いたと思うのですが 

“ひら又はぴら”とはアイヌ語では崖を意味し 公家の几帳や調度で屏障具(へいし

ょうぐ : 二本のT字型の柱に薄絹を下げた間仕切りや目隠しの一種)の様に 掛

けた布が断崖絶壁の如く垂直に垂れ下がる様を言うのである

比良夫貝と申さば 猿田彦の名を忘れては行けませぬ 

此の男 日本神話に登場し天孫降臨の場面にて大事な役割を果たすものの 此の

男の最期は余りにも呆気ないのでございます

伊勢ケ浜での漁の最中に 比良夫貝に腕を挟まれたまま溺れ死ぬのである 

現代にても隠語にて女性を貝に例える事もまま在れど 其の逸話が元と成り兵庫

・岡山・香川・山口・佐賀・大分では“ずべ”と言う言葉が平貝の共通語なのです

が此の言葉 言葉は悪いが“ずべ公”に通じ女性を示す言葉なのでございます

“ずべ”は“ずぼら”が転化した言葉であり「だらしがない」の意味だ其うですが寧ろ

溺れ死にさせられたと言うのであれば其れは殺人であり解死人(げしにん 犯人)

は狙った獲物は逃がさぬ 正確無比にして“ずぼら”とは正反対の冷酷な暗殺者で

あり潜水能力に長けた“海女” と言う事に成るのでございます

因みに“ずぼら”の対義語は“几帳面”であり やはり“ひら”に行き着くのである

女性を示す名故に比羅夫が女であったとは限らぬ事なれど 嘗てはアマゾーン海

と呼ばれて居た黒海沿岸に住むアマゾーン族の女王ヒッポリュテーの如く 敵船

に乗る兵を投網を絡めて海へ落とし込み 海中に潜ませて居る数多な海女達を巧

みに操り 落ちた敵兵を溺れ死にに追い込む海戦(うみいくさ)に優れた海女族の

長(おさ)だったのやも知れず 阿倍の名を直訳しますれば

阿とは 神梯(神霊の陞降する梯)の前で神に向かって祝禱を行う意

倍とは 旁(つくり)の“はい”には草木が熟して剖(さ)ける意が在り 物を二つに

    剖(さ)く事 倍にして返す事を言うのであるが 同時に叛く意も在り

故に阿倍とは

    神に向かって多くの祝禱を行う

    又は

    神に向かって偽りの祝禱を行う

    平と垂直と同様 相反する意が在り

“ひらふ”と 女性を示す音をさせ乍ら

“比羅夫”と 男性を示す意を持たせて

其の実は やはり女性 なのでは と 想う次第なのでございます