お知らせ

2022 / 08 / 12  12:09

夏祭り …

我が国に措いては

御先祖様の御霊の供養が主であるが五穀豊穣を願う祭りも少なくはない

其の始まりはやはり夏王朝の始まり と宣っても過言ではないであろう

夏王朝の始祖と成る禹(う)は 紀元前1920年に起こった大洪水の治水に

失敗した父鯀(こん)の後を継ぎ 黄河の治水に当たり首尾良く成功を納

め 其の功績を諸侯に認められ帝位に就き陽城(現:登封市)に都を定めた

◉ 父の鯀は堤防を築き上げた上で

 「湮」イン:(しずむ ふさぐ)

  と呼ばれる高地の土砂にて低地を埋める技法を用いたのだが

  9年経っても成果を上げる事が出来ずに居たのである 

  其れに対し子の禹は 放水路を分けて排水を行う

 「導」ドゥ:(みちびく)

 「疏」ショ:(とおす)

  と呼ばれる技法を用いて黄河の治水に成功したのである

夏の字の元と成った大きな目を持つ男の頭上に祝詞を納めた箱を乗せて

跪く象は其の時の姿其のままなのであろうが 治水の成否は人々の命に

直結するものであり此の儀式 儀礼は治水の成功を願い其れに拠る豊穣

を望み更に水に呑まれて逝った者達の御霊を弔う意も含めての行いなの

である

楚文字の仮面を着けた象は祝詞を納めた箱の派生であり 鎧を身に付け

た象は時は春秋・戦国時代なのである 勝利を願う戦勝祈願の象なので

あろう

我が国に措いても祭りの屋台にてお面を販売して居るのは其の名残なの

である