お知らせ
鍛冶屋 … 其の六
「では 怪しき者は見当たらぬと 」
「現在(いま)の処はな 」
「申し訳ござらぬ亀之助殿 」
「十四郎殿 其方(そなた)に責は無い
と申したばかりぞ 」
「しっ しかし 」
「案ずるな 怪しき者を入れてはし申
たが 其奴(そやつ)はもはや袋の鼠も同
じ 必ずや見つけ出してみせる 」
「なれど 其奴 暫くは動きますまい 」
「うむ … … 動くとすれば 」
「己への包囲を感じた時 」
「又は 」
「其奴の主が痺れを切らした時 」
「うむ 継(つな)ぎを取る可く 何かしら
仕掛けて来るであろうな 」
「はっ … … 亀之助殿 其奴の主とは
一体 … … 」
「何処(どこ)の何奴(どやつ)でござりまする
… … かっ 」
声が途切れぬ内に 襖がさらりと開き
背は高く無いものの体躯のがしりとした
男が 酒瓶(さけがめ)を持って現れ
二人の間にどしりと腰を下ろし様
懐から三盞(さんせん)を取り出すや
心地良い音と共に
心地良い香りが辺りに漂う
「こっ 此れは 」
声に出すなり
がばと平伏(ひれふ)す亀之助の眼前
へ杯を滑らせた男は
「高治(たかはる)だ 」
十四郎へ眼を向け様一気に杯を飲み
干し
「亀 御前が飲らぬと此奴(こやつ)も飲
らぬ 早う面を上げよ 」
「ははああっ 」
面を上げた亀之助は 杯を取り様ごく
りと喉を鳴らし
十四郎の喉も其れに続く
⦅ … … たっ 高治 … …
… … こっ 此の御方が … … ⦆
「俺が注ぐのは此れのみぞ
後は奴らに任せる 入れ 」
開いたままの襖から若い男が三人
軟錦(ぜんきん)の手前に膝を揃えた
「先ずは挨拶だ 松っ 」
「はっ 一番組の金子切松でございます 」
背高く 色浅黒く 眉の太い若者が声静か
に宣い
「万(まん)っ 」
「はっ 二番組の阿部万切丸でございます 」
細い目の万切丸が続き
「虎(とら) 」
「はっ 三番組の古藤(ふるふじきりとら)で
ございます 」
声にしつつ頭を垂れ 共に垂れた赤毛の髪
がゆらと揺れる
「亀之助 」
「はっ 」
「御前の望み通り
今より此の者らを 俺と十四郎の継(つな)
ぎ役とする 良いな 」
「はっ では 新たな編成表は受理為されま
したので 」
「うむ 御上への上奏は明日だがな
此奴らが 十四郎の顔を見たいと言うので
連れて来た 松 万 虎 此れから忙しく成
るぞ 」
「はっ 」
若いが 誠意ある声が響き
「 … おっ 御初に御目に掛かり
真に恐悦至極にございます …
なっ 成れど 真逆(まさか)此の様な時に
此の様な場所で御目に掛かるなど 思うても
居らぬ事で ー ー
「十四郎 」
「はっ 」
「此の様な時だからこそ
此の様な場所で御目に掛けたのだ
のう 亀之助 」
「はっ」
声にしつつ 高治の後ろに控える松へ向け
⦅何故(なにゆえ) 先に継ぎに来ぬ ⦆
怒りの眼を向けるも
⦅真は 俺が会うて見たかったのだ ⦆
高治が笑顔の眼で返す
「御館様 」
「高治で良い 」
「はっ 高治様 … 其れで … 」
「何処の何奴の事か 」
「はっ 」
「其奴はな 独国はアドルフ城の城主
ヒードラーと申す男よ 」
「 どっ独国 」
「其うだ 」
「独国の一城主が何故 」
「何故とな … ふっ 会う機会があれば
奴に直に問うてみるがな 現在(いま)の処
真の事は判らぬ 」
「わっ 判らぬと 」
「無論 大凡の見当は付いて居る …
付いては居るが …
其れが真であるならば 正気とは思えぬ 」
高治は ごくりと喉を潤し
「事の発端はある昔話しよ 」
「 昔話し … 」
「応よ 家伝と申すどの家にも伝わるいと怪
しげな物語りの事よ 」
⦅ … 家伝 … ⦆
「長う成るが 聞くか 」
「もっ 勿論でござる 是非お聞かせを 」
「突っ込み処 満載ぞ 」
「家伝とは其の様なものと 」
「うむ 耳の穴を掻っ穿って(かっぽじって)
良く聞け … … …
昔も昔 気の遠退く程の昔の事よ
… … …
つづく のさ