お知らせ
駱駝 …
毎日新聞には珍しく (毎日新聞さんごめんなさい)
“ なぜラクダは古代エジプトの壁画にない? ラクダと人間の交流史 ”
興味惹かれる文面でございます
確かに 古代エジプトの壁画には ラクダは描かれて居ないのですが
カイロ大学の 元考古学部長の言によりますれば
「 砂漠が不毛で邪悪な場所とされて居た為 古代エジプト人は砂漠に
生きるラクダを好まなかった様で 古代の遺物にラクダがほとんど登場
しないのは其の為である 」
との事 果たして其うであろうか 其の不毛で邪悪な場所で生きて居た
古代エジプト人の立つ瀬が無いであろうと 突っ込みたく成る気持ちは
扠措き
ラクダの原産はヒトコブラクダが西アジア フタコブラクダは中央アジア
が其の地であり其の殆どが食用として狩られて来たもののアラブ人の様に
駱駝騎兵として軍の主力を担う一面もあったのでございます
当時のエジプト軍の主力は二頭の馬に牽かせたチャリオット(戦車)であり
神格化もしくは神性動物を描かねばならぬ自国の壁画に敵の主戦力である
ラクダをわざわざ描く事は無い又は 描きたく無かったのやも知れませぬ
果たして其の真相や如何に な 今日此の頃なのでございます
ロケット … 其の弐
道川海岸の打ち上げ実験に遅れる事17年
1972年 9月17日 時刻21時00分 晴れ
場所は秋田県鹿角郡小坂町西一本杉の空地
其れは開始されたのであった
壊れた万年筆のキャップにバラした花火の火薬を詰め込み
口をペンチで凡そ1ミリの隙間を開けて塞ぎ 其れをお手製
の発射台に載せ下からロウソクの火で 塞ぎ口をしばし炙る
“バン”と爆烈の音がし 甲高い音と光の尾を曳きながら川を
超え田んぼの中へボチャリと落ちた 実験は成功したのだが
翌月曜の朝 何処で知れたのか職員室に呼ばれる羽目と成る
ロケット …
神奈川大航空宇宙構造研究室 & 同大学宇宙ロケット部が
秋田県能代市の海岸にてハイブリッドロケットの打ち上げに成功
北海道大学などが記録した高度約8.3キロを上回る10.7キロに達し
日本記録を更新したとの事 嬉しい限りでございます
場所は違えど其の南 秋田県由利郡(現由利本荘市)道川海岸が
何を隠そう“日本ロケット発祥の地”なのでございます
日本の国産ロケットの歴史は糸川英夫教授らの手により
1955年3月 銃器発射場を改造した国分寺の実験場が初手であり
1955年6月 場を千葉市に移し実験水槽にて験を重ね
1955年8月 道川海岸にて斜めではあるが初めて上方への実験に
及ぶのでございます 此れ迄がペンシルロケット
以降ベビーロケットへと移行して行くのですが
国分寺と千葉の実験は何れも水平発射·飛翔実験に留まって居るものの
国分寺の実験場は日本の“宇宙開発発祥の地”として其の名を留めて居
るのでございます 何れにせよ 安全で低コストなロケットとして注
目されて居るハイブリッドロケット 向後の進化に期待して居ります
